山奥の現場で働いていた時の話

山奥の現場であった胸アツ話

私はある時期にダムの建設事務所で働いていました。
山奥にある宿舎と事務所が廊下でつながっており、数十人の職員と寝食を共にしダム建設という非常に大きなプロジェクトに参画していました。
その時にあったエピソードを紹介します。

 

 本社に行ってあるプレゼンをしていたとき、ある部署のサブマネージャーがしつこく同じ質問をしてきた。どうでも良い内容だ。

 

 わたしはちょっとイラっとして「そんなことはどうでもいいでしょ」というような言い方をしてしまった。これがサブマネを敵に回し、幹部を含む出席者の反感をも買うことになってしまった。結果プレゼンは失敗。急ぎで結論を出したかったが次週に持ち越すことになってしまった。私のミスだ。

 

 このサブマネ、本当にいやらしい。
 同じ質問をネチネチと繰り返し、私が先に議論を進めようとしているのに妨害してくる。
 つい私は会議の場で絶対に言ってはいけないことを言ってしまった。
 少数派の意見を否定するようなことを言ってしまったのだ。被害者風にいうと「言わされた」
 大局を考えたら、少数派の言う事なんていちいち構っていられないでしょと、こういう言い方をしてしまったのだ。これが失敗だった。

 

 現場に戻って資料の作り直し。自分の進めていたプランが頓挫してしまい全体のスケジュールに支障を来す結果になってしまった。
 なにより、サブマネにやり込められたことが悔しくてたまらなかった。

 

 さて、これからどうしていこうか、悩んでいた時に森野主査がクネクネしながら私の元にやってきた。

 

「今日は?こっちは?どやねん?」

 

 酒をクイクイっとあおる仕草で晩酌の誘いをかけてきた。森野主査は仕事終わりに飲むのが日課で毎日晩酌の相手を捜している。いつもニヤニヤしながらターゲットを漁るのだ。捕まると夜は長い。

 

「もー、それどころじゃないですよ。資料作りが山ほどあるんですよー。」

 

「おやおや、それは、大変、そうだねぃ。どーんな、資料を、作るの、かな?」

 

 森野主査はクネクネしながら私に聞く。

 

「えー、どうせ主査に言ったってわかんないっすよ。(主査とは部署が別なんです。)本部のサブマネにやられちゃって大変なんだからもぅ。イライラするなぁもう。」

 

「ぐふふ、まぁまぁ、そういうなって、どれどれ、なになに、サブマネ?ほぅほぅ。あいつか、あいつのせいでキサブちゃん、こんなに大変な思いをしているんだな。ほぅほぅ。」

 

「もぅ、放っておいてください。仕事がたくさん残っているんで。」

 

「ぐへへ、それじゃ、仕事終わったら、待ってるからよ。でへへへ」

 

 

 結局、夜遅くまでかかって資料を作ったが、全然終わらず次の日以降にも持ち越すことになった。重い足取りで宿舎に帰るときにふと見ると食堂にまだ電気がついていた。冷蔵庫に冷やしてあるお茶を取りに行く途中で食堂を通るのだが、森野主査が上機嫌でできあがっていた。

 

「おおぅ、キサブちゃん、こっちこっち、ほれ、ほれ、飲んでけ飲んでけ。」

 

 私は疲れているからといって断った。森野主査はいつでも陽気だ。

 

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 2週間くらいしてからか、事務所にサブマネが来ていた。本社に勤めの人が現場に来ることは珍しい。見ると森野主査の席の横で直立不動のままなにか説明をしている。

 

「おうぅ、だからよ、このなんちゃらシステムってのがよ、悪さしてるんじゃねぇかって言ってるのよぅ。おめえらがしっかり保守しねえもんだから現場がこんなことになってるんだろうがよ。えぇ、おうぅ」

 

 威勢のいい言葉を発しているのは森野主査だ。現場でなにかトラブルがあったようで、サブマネがその説明に来ているようだった。

 

 ここで重要なのは、サブマネは森野主査よりも「年齢」も「役職」も上ということである。しかも本社の役職だ。ただ、同期入社と言うことで昔から知った仲ではあると聞いたことはある。しかし、森野主査は席に座ったまま、サブマネはその横で直立不動のまま罵声を浴びせられている。シュールな場面に遭遇してしまった。恐縮しっぱなしのサブマネは最後まで平謝りだった。

 

 最後、立ち去り際に森野主査がサブマネに思い出したかのように言った。

 

「おぅ、そういや、ウチの若ぇのをずいぶんとかわいがってくれたそうじゃねぇの。」

 

 サブマネは苦笑いしながら私にも頭を下げて去っていった。

 

 なんかブワーっときた。

 

 森野主査がいつも酔っぱらって言う

 

「俺たちは同じ釜のメシを食って、同じ風呂に入って、一つ屋根の下で暮らして居るんだから仲間なんだよな。家族みたいなもんだ。」

 

その日は森野主査の酒に付き合った。やっぱり長かった。